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病で立場が逆転した薬剤師の従姉と伯母

当時私が大学生だったころ、私の父親の姉にあたる人が脳出血で入院したため、私たちもお見舞いに行きました。伯母は、夫も脳梗塞で倒れて下半身がうまく動きにくい状態で、我々がその夫の助けもするために、入院期間中は家に訪問して面倒を見ていました。伯母夫婦には一人娘がいるのですが、遠方に住んでおり、簡単に帰れる距離では無い為、どうしても我々が面倒見なければならなかったのです。

そんな中でも、私は学校帰りに原付で、入院してから退院するまで1日も欠かさずお見舞いに行き話し相手をしていました。そのことを知った従姉は感激したらしくて、僕がその娘が住んでいる所に行く用事があったときには、家に大いに招いてくれました。そのようにして互いの関係が強化された事は大変喜ばしいことですが、関係が強化されると娘と母親の生々しい人間関係が見えてきたのです。

別に悪い意味での生々しい人間関係と言うわけではないのですが、病気になった人はいきなり赤ちゃんがえりといましょうか、子どもがえりする傾向があり、従姉も立派な年齢なので母親が少しだだをこねたり文句を言ったりして、それを従姉が受け止めている姿を見て「あー、病気を境に親子の関係が逆転して子が親の面倒を見ていく瞬間なのだな」としみじみと思った瞬間でもありました。従姉は薬剤師をしているので、余計に頼りにしていたのかもしれません。【薬剤師 派遣 短期

現に私の父親は厳格な人でしたが、大病してからはなんだか可愛らしい子供のような雰囲気を醸し出しています。実際、母親も父親が病気してから子どもみたいに可愛くなったと言って、前よりも関係が良くなっているようにも思えました。病気というものは痛くて辛いものではありますが、それを乗り越えた先には、生まれてからかれこれ現在まで自分の心に付けてきた鉄の鎧を剥がし、純粋で無垢な真の愛に生まれかわる機会でもあるのだなと言うふうに思わされました。

私の父は、大腸癌で入院した他にも、父の姉と同じ脳出血で倒れており、私の家系はほとんどが脳出血で倒れているため、今後自分にも降りかかるのではないかと考えたら、少し不安と恐怖に襲われることもあります。ある程度は病は気からと言うことで、気持ちだけはしっかり持っていたいものです。

50歳手前の資格試験合格

試験昨年春に10年以上勤めていた職場を退職しました。理由は色々あったのですが、一番は何か別のことをしてみたかったからです。

20年以上同じ職業に携わっていて、それは家計を助けるために継続せざるを得なかったのですが、それも今年の3月で終わりになります。子どもが大学を卒業するので、学費や仕送りが要らなくなるのです。本当は、あと1年仕事を継続するべきところではあったのですが、そうなると就職活動をする時に年齢が50代になってしまうところでした。色々な準備期間を持って、1年前に退職しました。

さて、それまでしていた仕事以外に経験もなく、しかも年齢的にもギリギリの40代です。職安に行き、長々と色々と職員さんに相談にのってもらい、最後の転職のチャンスだと思ってのぞみたいと熱意を持ってお話ししました。「職業訓練はどうですか?」と話しが進み、医療事務や介護の資格取得のための講座を紹介されました。しかし、講座を受けるためにはそのための試験がありますとのこと。適性試験や面接があるようで、一旦はひるみましたが、「本当に最後のチャンス」との思いで決めました。

試験当日は、20人の定員の中、受験生が40人越えの2倍超の倍率と説明がありました。しかも、ほとんどが20代と見える、若くてキラキラした未来が透けて見えそうな娘さんばかりでした。倍率など、先にそういう情報をもらうと余計に諦めモードになるのですが、私も負けじと気持ちを奮い立たせ、これまでの仕事で培ってきたトーク技術で面接にのぞみました。さすがに、適性検査の図形や計算の問題はアタフタするものがありましたが、数年ぶりに答案用紙なるものにかじりつきながら頑張りました。

結果、合格。何だかんだと自分を慰めながらも、他の受験生の層を見ると、内心はやはり絶対に無理だと諦めていたので本当に嬉しくて、主人にメールで通知書を送ってしまうほどの感激でした。

そして3か月の講座が始まりました。案の定、私が最年長で、8割が20代の若い娘さんばかりでした。
本当に娘のようなクラスメイトに囲まれて、嬉しくて恥ずかしくて楽しい日々を過ごしました。授業は、ついていくのがやっとでした。ホワイトボードの字は近視で見えず、ノートの文字は老眼で見えず、そのお陰でじっくりと勉強には取り組み、「充実」でしかない毎日でした。

昨年秋、受講修了とともに医療事務の資格試験を受験、無事に合格できました。しかも、一生懸命に頑張った学科試験は満点との報告を受けて、涙が出ました。この年齢になって、自分が必死に頑張った証しとして形に残せる貴重な体験ができたことに、色々な出来事や出会いに心から感謝しました。就活にも弾みがつき、その後就職も決まりました。50手前にして、人生のターニングポイントを迎えた貴重な1年間でした。